海籠り志カウンセラーのみやです。
今回もお越しくださり、ありがとうございます!!
ブログに限らず、お仕事をする上で目標を立てることは、大事ですよね。
さらに、目標を数値化することで、目指すべき指標がはっきりして、より進みやくなります。
例えばブログなら、1日〇pvを目指す、1週間に〇記事投稿する、1ヶ月〇万円の収益化を目指す。
などがあります。
数字を目標にすることは、とても大事なことではあるんですが、数字だけにこだわり過ぎると、うまくいかなくなる危険性があります。
今回は、数字だけにこだわる危険性についてお伝えしたいと思います。
マクナマラの誤謬(ごびゅう)
「マクナマラの誤謬(ごびゅう)」という言葉を聞いたことがありますか?
アメリカの社会学者が生み出した言葉で、「数字にばかりこだわり、物事の全体像を見失うこと」を表す言葉です。
例えば、
ある病院では、「術後の患者の生存率」という目標を立てました。
そうしたところ、病院側が重症な患者の手術を避けるようなり、多くの命が失われるという事態になりました。
また、とある警察署では、検挙数を上げるため軽い犯罪ばかりを取り締まった結果、多くの重犯罪者を取り逃すという事態になりました。
この「マクナマラの誤謬」という言葉は、アメリカがベトナム戦争をしていた時に、国防長官をしていたロバート・マクナマラという人物にちなんで名付けられた言葉です。
ロバート・マクナマラは、分析の天才と言われていました。
その優秀さから、様々な業績を上げてきました。
勤務していた自動車会社のフォード社では、フォード一族以外から、初めて社長に抜擢されました。
さらに、その手腕を買われ、当時のケネディ大統領から直接、国防長官を打診される、というめちゃくちゃ優秀な人でした。
そんな天才・マクナマラはデータを駆使してベトナム戦争に勝とうとしました。
しかし、ベトナム人の愛国心、アメリカ人の反戦感情という数字では測れないものに目を向けなかったことで、ベトナム戦争を泥沼化させていくことになるのです。
数値目標をかかげ、ベトナム戦争に勝とうとしたマクナマラ
当時のベトナムは、南北に分断されていて、ベトナム統一の主導権をめぐり、南北が対立していました。
北ベトナムは、社会主義国だったため、アジアの共産化を恐れたアメリカは、南北の対立に介入。
南ベトナム側を支援して、北ベトナムへの攻撃を開始しました。
マクナマラは、戦況を見極める指標として、敵兵の死者数をあげます。
それは「ボディカウント」と呼ばれました。
マクナマラは、アメリカ兵の死者数1人対し、敵兵の死者数を10人、1:10の比率を目標数値として、掲げました。
この比率を維持できれば、いずれ敵の兵力は減っていき、戦争に勝利できると試算したのです。
戦場では、とにかくボディカウント(敵の死者数)を数えることが重視され、ボディカウント専門の部隊が派遣されました。
ボディカウントをとれ…
ボディカウントをとれ…
アメリカ兵は、そのことで頭がいっぱいになりました。
アメリカ軍は、連日、ボディカウントを発表し、いかに有利に戦っているかを国民にアピールしました。
数値目標は達成しているのに…
対する北ベトナム側は、武器などの兵力では、圧倒的にアメリカには劣っていました。
彼らは、知恵と地の利を活かしてアメリカ兵に対抗します。
あちこちにトラップを仕掛け、アメリカ兵を苦しめました。
北ベトナム側の目的は、アメリカ兵を殺すことではなく、負傷させること。
そうすると、負傷した兵士をはじめ、救護のために一度に数人の兵士が、戦線を離れるからでした。
北ベトナム側の作戦に、アメリカ兵はだんだんと追い詰められていきました。
脱走するアメリカ兵が増えていったのです。
それでも、マクナマラが重視し続けたのは、ボディカウントでした。
ボディカウントを稼ぐため、空からの無差別攻撃を行いました。
ゲリラ兵の潜伏を疑った村を丸ごと焼き払ったりしました。
さらには、部隊対抗の「ボディカウントコンテスト」まで開催され、成績優秀者にはご褒美として休暇や食糧が与えられました。
アメリカ兵の倫理観もどんどん崩れていったのでした。
ある部隊では、アメリカ兵1人対し、ベトナム側の死者数45人。
1:45という、当初の目標を大きく上回る数値を達成していました。
それでも、勝利どころか戦争の状況は、悪化する一方でした。
死者数が増えるほど、ベトナム人の愛国心と復讐心は燃え上がっていったのです。
数値目標は大幅に達成しているのに、どうして戦争に勝てないのか…
マクナマラは自分の計算を疑い始め、ベトナムからの撤退を考え始めます。
しかし、当時のジョンソン大統領は、撤退を受け入れず、さらに戦争は泥沼化していきます。
ベトナムからの撤退へ…
その後、ベトナム側は南ベトナムのアメリカ大使館の占拠に成功します。
その映像は、全世界にリアルタイムに伝えられました。
戦争は自分たちに有利に進んでいると信じていたアメリカ国民は衝撃を受けました。
さらにメディアを通じ、戦争の悲惨な状況が伝えられました。
アメリカでは、反戦運動が広まっていきます。
戦争を指揮していたマクナマラに非難が集中します。
マクナマラがこだわっていたボディカウントの数字も嘘なのではないか、と疑われるようになりました。
その後、マクナマラは国防長官を退任することなります。
さらにその後、アメリカ国民の反戦の声は、高まり続け、アメリカ軍はベトナムから完全撤退。
その2年後、北ベトナムが南ベトナムに勝利。
南北ベトナムは、統一されました。
20年後、ベトナムを訪れたマクナマラ
20年後、アメリカとベトナムの国交が回復した年にマクナマラはベトナムを訪問します。
そこでマクナマラは、北ベトナムの総司令官だった人物と面会します。
マクナマラにはどうしても聞きたいことがありました。
「どんなに追い込まれても、なぜ、和平交渉に応じなかったのか?」
北ベトナムの元総司令官は、こう答えました。
「わたしたちは、必要があれば100年でも戦うつもりでした。自由と独立ほど尊いものはありません」
分析の天才マクナマラは、最後までその答えに納得できなかったそうです。
マクナマラの誤謬という言葉を作った社会学者は、次のように言っています。
「我々は数字で測れるものは、全て計測するようになった。しかし、計測できるものは計測して、計測できないものは忘れ去ろうと考えるのは、致命的な失敗の第一歩である」
わたしにも覚えがあり…
これはわたしにも覚えがありました。
わたしはアドセンスブログに取り組んでいた時、数字にばかりとらわれてしまい、pv数の上がり下がりに一喜一憂していました。
アクセスが集まらないと、
自分自身を否定されたような…
自分には価値がないような…
何だかそんなふうに思ったりしてしまいました。
そして、結局は数字を追う生活に疲れてしまい、記事が全く書けなくなってしまったのです。
その当時、アドセンスブログに取り組んでいたのは、ストレスばかりの公務員の仕事から解放されて、好きなことを仕事にし、心穏やかに生きるため、でした。
pv数を集めることは、最終目的ではなかったのです。
でも、数字にとらわれてしまったわたしは、ブログに取り組んでいる本当の目的を見失ってしまい、pv数が最終目的にすり替わってしまっていたのでした。
数字にこだわるあまり、数字では測れない本当の目的を見失ってしまっていたのでした。
目標を数値化することは、自分が目指す基準がはっきりしますし、どこまで達成できているか、ということもわかりやすいので、とても大事なことです。
でも、数字はあくまで手段であって、最終目的ではないとわたしは考えています。
本当に大事なのは、その数字を達成したら、どんな自分になっていたいか、どんな生き方、生活をしたいかが大切だと感じています。
マクナマラのエピソードは、改めてそのことに気づかせてくれました。
物事が上手くいかない時は、数字にばかりとらわれていないか、見失っている本来の目的は何か、振り返ってみていただければと思います。
本日はここまで。最後までお読みいただき、ありがとうございました!!